投稿日: 2019/02/09

デポーズィト バガーリ

《手荷物預かり所》

フィレンツェSMN駅で列車を降りたのはお昼を少し過ぎたくらいの時刻だった.予約していたB&Bはアルノ川の向こう側にあり,しかもチェックインは18時.その時刻にならないと家主が帰ってこないから,鍵の受け渡しができないのだ.まだ数時間の余裕がある.

これが僕にとって初めてのフィレンツェで,一刻も早く街を歩き回りたかったが,背負っていた重たいバックパックが邪魔をする.まずはこいつをなんとかしなければ.
ガイドブックによれば16番線の向こう側に「Deposito Bagagli(手荷物預かり所)」があるらしい(今ではここにマクドナルドが店を構え,Deposito Bagagliは16番線ホーム中央へと移転してしまった).長距離列車が発着するターミナル駅特有の高揚感に胸を躍らせながら,僕は16番線のその先へ進んでいった.すれ違う人は皆これから旅に出る人か旅から戻ってきた人,あるいは旅人を見送ったり出迎えたり.旅の入口と出口が混在する独特の空気だ.

Deposito Bagagliのカウンターでバックパックを預けると,番号と預り時刻が書かれた紙切れを手渡される.これで僕は重たい荷物から解放された.
身軽になった僕は駅を出て通りを渡り,ツーリスト・インフォメーションで歴史地区の地図を手に入れ,サンタ・マリア・ノヴェッラ教会前の広場で石柱を支えている亀の彫刻を眺めながら,しばらくは初めてのフィレンツェの香りを楽しんだ.鳩,パニーノ,煙草,ジプシー.
地図を広げ,歴史地区を俯瞰する.
さてと,またひとつ旅が始まるな.

Deposito Bagagliは僕にとって旅の出発点であり,旅の象徴.

「イタリアワインを飲むことはイタリアを旅することだ」というファロ資生堂の本多ソムリエの言葉は非常に印象深い.イタリアワインを愛する人は大きく頷く台詞だろう.イタリアワインを通してイタリアを旅している気分を味わっていただきたい,そんな思いが僕にとっての旅の象徴であるDeposito Bagagliと結びついてこの店の名前になった.

長ったらしくて憶えづらい名前だし,繁盛店のセオリーから大いに逸脱していることも承知の上で,この15文字に僕は全てを託した.

ここは手荷物預かり所.日常の重たい荷物はひとまず預けて,束の間の旅情に思いを馳せていただきたい.
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